最近、数々の小売業で大成功をおさめているビジネスマンの話を友人から聞く機会があった。最初私は、友人がビジネスで成功するハウツーを話すつもりなのだろうと思ったのだが、それは違っていた。以下のストーリーは、若干私が形を整え直したものである。
順調にいっている大規模な家族経営のビジネスを受け継ぐところから、この男の話は始まる。彼は数年のうちに経営を低迷させ、しまいには倒産させた。倒産の後に彼は語った「ビジネスは失敗したけれども、自分じゃ失敗した気がしない。まだまだ自信はある。うまくやれた所もあったと思う。自分がやったことで何が良かったのか何がまずかったのか、こと細かに明らかにしようなんて思っていない。自分がいいビジネスマンなのか、悪いビジネスマンなのかなんて知らないね。ただ自分自身と、自分が持っているヴィジョンを信じ続けるだけだ」。
倒産後、彼は新しいビジネスのために資金を集め、再スタートしてみたものの、当然の成りゆきとして短期間のうちに彼は倒産の憂き目にあった。その後、彼は語った「こうなってしまった今でも、まだまだ自信はある。明るい閃きも見れたし、うまくやれた所もあった。今度もまた、正しいか間違いか、良いか悪いかなんて考えたりはしない。自分が考えているのはどうやって働きつづけるか、自分の夢を完全に成し遂げるためにどうやって資金を借りようかということだ」。
男はさらに資金を借りて新しいビジネスを始めたものの、言わずもがな、また倒産させた。3回目の倒産の後、彼は語った「今回、ついに勝利の味をあじわえたんだ。かなりいい所まで近づいてきた」。
この男の気力たるやたいしたものだ。失敗がつづく苦しい局面と向き合いながらも、とてつもなく大きな自信をもっている。ストリートに戻った彼が次に借りることのできたのは、ほんのわずかのお金だった。限られた現金では‘本物の’ビジネスを始めることはできず、彼は小さなピックアップ・トラックを借りた。いろんな卸売り市場を回って、安価で良質のものを除いては、互いに何の関連もないように見える製品でもとにかく安く販売できるものだけを、仕入れる羽目になった。トラックに品物を積み込み、人通りの多い道に駐車し、通行人に向かって呼び売りをした。ここから、新しい小売業に不思議な現象が起こり始め、徐々に彼は商談を重ねてゆき、1台のピックアップ・トラックからやがてはチェーン店をもつまでの大きな成功をおさめたのだ。
成功の要因となったものは何なのかと人に訊かれて、彼は答えた「自分を信じること、そして自分のプラス面とマイナス面のすべてをことさらに調べあげて分析したりはしないこと」。彼はつづけた。「最初から成功するのは分かっていたんだ。初めて倒産したとき、仕事をやりだして以来かつてなかったほどの自由な時間を突然持つことになった。急に手にした自由にできる時間を使って何をすべきか、2つの選択肢を思い描いた。
1. 自分がやってきた間違いについて何度も検討をかさね、たくさんある過失を将来にわたってやり直そうとすること。
2. リラックスする時間をとり、心の中の夢が息づいているうちに、人生の新しい展望を回復させること。
もちろん僕は後者を選んだ。リラックスした状態にいるうち、成功しようと走り回っていたときには分からなかったことが分かるようになった。何が正しく何が間違いだったのかを精密に分析することは、たいへんな時間と労力がかかる上に、結局は成功の方程式など得られるはずなどないことは分かってた。成功の方程式というのもは既に自分の中にあるんだ。だから僕の仕事はこの方程式が外に出てこられる道を見つけてやることだったんだ。自分は何をすべきかを知ろうとはしなかった。ただやるしかない状況、つまりもう既に自分がそれをやっている状態に自分を置いたまでだ」
私はこの話からずいぶんとインスピレーションを受けた。直面している挑戦が何であれ自分を信じつづけることは、私が自分自身に与えようと思いながらもなかなか与えることのできていなかった贈り物である。こんな見事な例から何かを学べるのはすばらしい。このビジネスマンがもっていた信念は私たち全員への贈り物だ。そして同時にコンサルタント業者がこの男のメソッドを実際に指導している場面を考えると、つい笑みがこぼれてしまう。
またこの話を聞いて、私は数年前に読んだ雑誌の記事を思い出した。大成功した人々がたどって来た道のりをその記事は紹介していた。彼らの全員が最低でも過去に3、4回は失敗を重ねており、どの成功者も次のように述べていた。
「自分が以前にしでかしたすべての失敗がなかったなら、今日のようには成功しなかっただろう!」
あなたはどうだろう? 将来の成功の種となるような‘失敗たち’を持っているだろうか? きっと誰もが持っているに違いない。
以前の号に載せた「催眠療法における10の重要な原則」は、催眠療法の理解に焦点をあてるためのレンズの役割を果たすものだ。
10番目の原則は以下のようなものだった。
(1巻4号からの抜粋)
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思考する精神はものごとを分離する。正しい−間違い、良い−悪い、完全−不完全。その分離のはたらきが問題を作りだす。催眠療法の理念は、思考よりも先にやってくる精神を経験することにある。知らない心を経験することである。ゴールは自分が何をすべきか分かることではなく、ゴールとはすでにそれをやっている状態に自分がいることだ。そこでは、解決されるべき問題などない。今この瞬間にいるだけだ。
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この原則は、考える精神を溶解することとつながっている。理性だけを使って完全に理解し順応するには、あまりにも私たちが生きるこの世界は、複雑で多様性に富みすぎている。
正しい答えや何ひとつ欠けたものがない完全なメソッドを探すことに時間を費やせば費やすほど、身体で経験される自己 [somatic self] に“あらかじめすでに”備わっている、いつでも利用可能な英智を感じとる経路をますます失う。
解決が必要な状況や難しい問題があって、自分の理性的精神が答えを見いだせないときこそ、身体で経験される自己の中に重要な英智が潜んでいるという可能性に向かってオープンな意識でいつづけよう。思考する精神には休んでもらい、そのかわりに直感的な身体で経験される精神あるいは潜在意識に出てきてもらおう。
身体で経験される精神がフルに活かされれば、私たちの基本にある自己と世界の認識の仕方が変化する。気づきと解決能力が増す。この状態に入ると、心身が健康でいるために必要な変化が、身体ぜんたいの知性によって創出されるのだ。ビジネスの成功に必要な変化もまたしかり。確かに‘言うは易し’かもしれないが、試す価値はある。
有名な証券トレーダー、ベンチャーキャピタリスト、未来派アーティストについて読んだところ、彼らは自分の仕事に関して異口同音に語っている「ある程度の良い環境と経験があれば、将来の長期的な動向は予測可能である。しかし明日起こることを予知することはできない。結局のところ、決断をくだす前に分類しなければならないあまりにも多くの情報があり、しかも往々にして受け取る情報の多くは互いに矛盾している。長い目で見れば、何をすべきかすべきでないかは、自分の直感に頼ることになる。正しい選択や方法論は絶対的なものではない。自分がくだす決定は虫の知らせによるものだ。それは、過去に起こったこと、今起こっていること、そしてこれから起こるだろうことについての直感なのだ」。
催眠療法のプラクティスは、自分たちがどこにいて、どんな人間であるのか直感的に理解することに役立つと私は確信している。私たちが行うプラクティスの目標は、自分たちが何者なのかを正しく判定することではなく、たんに知的な理解によって過小評価されたにすぎない自己感覚に気づき、その自分についての感覚を心で感じとることにある。私たちが真の自己の本性に気づいたとき、すべてが‘あるべきよう’にたどり着く。それは、熱すぎもせず冷たすぎもせず、大きすぎず小さすぎず、少女ゴルディロックス [※訳注] が満足感いっぱいに宣言する「これが、ぴーったりだわ!」というようなものだ。催眠療法で経験されるものもまた、この‘ぴったりくる’感覚なのだ。