精心道オフィシャル・ニュースレター
「ピュア・ハート、シンプル・マインド」
Pure Heart, Simple Mind ®
第2巻, 第22号; 2004年12月16日
『心して生きる』
Live a Life That Matters
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【今号の内容】
1. 回 想
2. 心して生きよ
3. エンド・ノート
4. 著作権
5. 登録と解除 |
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今年も残りわずかになってきた。あなたの所にもサンタの祝福がもたらされ、この時期にその大切さが思い出される「再生」と「復活」がもつスピリチュアルな意義とのつながりを保ちながら、誰もがよいクリスマス休暇を過ごせますように。どうかプレゼントを買うために走り回ったり、いろんな人を喜ばせようとしすぎないでほしい。自分の生命と、他のすべての生命と、ほんとうに重要なことを感じるために自分はどう生きたいと思っているんだろう、と問いかける気持ちをそっと抱えてみよう。
今日のニュースレターは、私の親愛なる友人であり長い間ともに祈拝してきたガシー・ランティエリ[Gussie Lantieri] に捧げる。ガシーは1923年2月16日に生まれ、そして2004年11月12日にこの世から旅立った。
ガシーを愛する誰もが彼女の存在によって深く心を動かされた。有益で意味深く、気高いスピリット、暖かみのあるハート、そして限りない信仰心に貫かれた人生を彼女は生きた。永遠の世界の住人となったいまでも、ガシーは私たちの生涯と祈りの大切な部分をなしていることに変わりはない。彼女はことあるごとにたくさんの人々に祝福を与えてきのだから。
私がガシーに初めて会ったのは28年ほど前のこと。私がヒーリングと祈りとスピリチュアリティを学ぶグループのメンバーだったとき、私と同年代の1人のメンバーの母親がガシーで、私は20代で彼女は50代。彼女はとても特別な落ち着きを周囲に与える人だった。その時期の私は明らかに自分の人生に混乱していた。私は情緒的に非常に苦しい状況から抜け出したたところで、いつも資金繰りに追われながら忙しく輸入業を営んでいた。
初めてガシーと会って間もなく、私は自分の困難で悲しい身の上話をしはじめた。これまでに自分が経験したあらゆるひどいことや、当時経営していた自分の会社でのストレスをのべつ幕なしに訴えた。息切れして、いくらか身体のこわばりを感じ、そして最後にこう言った。「もうどうしていいか分からないんだ [I am in over my head]」。シンプルでいつもまっすぐな心の持ち主である女性のガシーは、私が困り果てて吐露した言葉を聞いて電球が点ったように顔を輝かせて微笑んで、こう答えた。「自分の頭を越えた所にいるってわけね [in over my head]。それって素晴らしいじゃない。だってそこは神様の居場所だもの。ちょうどあなたの頭の上でしょ」
親しさが増すにつれ、私にとってガシーはショックを吸収する緩衝材のような存在となった。月に1度は会って、私はそのときの心の重荷についてあれこれとこぼした。ガシーはそこに座って軽く身体を揺らし、うなずき、暖かく理解のあるまなざしで私を見つめていた。
数カ月後、ガシーは私をブルックリンのカリスマ的なカトリック司祭が開く礼拝式に招いた。私はプロテスタントとして育ったのだが、彼女が熱心に語って聞かせてくれた礼拝式に行けることを嬉しく思った。礼拝が始まる20分ほど前に私たちは大きな教会に着いたのだが、それでも教会堂の中はすでに満員だった。
ガシーの仲間たちがとなりの場所を空けてくれた。私たちは信者席にすべり込み、ガシーは私を紹介し、彼らはすぐに夜の礼拝スケジュールについて議論を始めた。フェドおじさんはガン手術を受けたところ、シャリーは夫婦関係で苦悩しており、テディは医者になろうと大学に出願していた。プログラムが始まる前にガシーは私のほうに振り向いて「‘聖母マリアの祝詞’を知らなくても心配はいらない、ゆっくりやるから見て同じようについてくればいいから」と言った。
振り返ってみれば、その光景はちょっとシュールな感じだ。そのときの私は混乱した状態からどうにか抜け出そうとしている若者で、‘聖母マリアの祝詞’を詠唱する年配のご婦人方に囲まれて座っていた。仏教のお経とは違い、それはうんと格好よくてミステリアスだった。今でもあのときにガシーの祈りが本調子になり出したときのことを思うと、電気が走るような感覚がよみがえる。教会堂の中の全員が祈る‘マリアの祝詞’に秘められた力で、ガシーとその仲間はあらゆるスピリチュアル・パワーを呼んでいるのを私は非常にはっきりと感じた。
シンプルで純粋にまっすぐな喩えによって、そして話し言葉で説こうとはいっさいせずにガシーとその友人たちは私に教えた。どのように主のスピリットとともに安らぐことができるのか。神の愛にわが身を明け渡し、どのように痛みを取り払いそれから解放されるのか、を。でもどんな方法であろうと、わが身を明け渡したり何かに屈服することは私にとって大きな課題だった。というのもそのときまで、屈服には断固抵抗することが自分を生かしている力の1つだと疑ったことがなかったから。
いま現在、こうして私は座っている。東京の暖かい12月。開いている窓から差し込む陽の光。家のまわりの木々に集まる鳥のさえずり。
こうして座りながら私はガシーの写真を見る。
いろんな思いが押しよせる。
もし質問されたなら、感じるのは哀しみだとまずは答えるだろう。しかし、思いをさらに深めるにつれ、こう言える。私は愛と感謝を感じている、と。
ガシーへの、そして他のスピリチュアルな道の案内をしてくれた私の先生や友人への、すべての私の味方と敵への、そして私を今日ここまでやって来させたあらゆる境遇への、感謝。
人が「異国」と呼ぶこの地に住みながら、いま初めて分かることがある。どこで暮らそうと私はこの自分自身こそが‘我が家’なのだと感じ始めている。
ありがとうガシー。いまでもいっしょだよ。
2. 「心して生きよ」(作者不詳)
Live a Life That Matters
用意ができていようといまいと、いつかは終わりの日がやってくる
陽が昇ることもなく、日々も、時間も、分も、ありはしない
あなたが集めたすべての物、宝物だろうが忘れ物だろうが
それは他の誰かの手に渡る
あなたが何を所有していたか、何に所有されていたかは問題じゃない
怨み、憤り、フラストレーション、嫉妬、それもついには消え去るだろう
そう、あなたの望み、野心、計画、すべきことのリストもまた絶えるだろう
かつてはあれほど重要に見えた勝敗の意味も色褪せてゆく
出身がどこだろうが、住む地域が裕福でも貧困でも、
どこで最期を迎えようと問題じゃない
容貌が美しく輝いていてもいなくても問題じゃない
ジェンダーや皮膚の色さえ何をも意味しない
じゃ、何が問題だっていうんだ?
生きた日々はどうやって計られるのか?
問題なのは、あなたが買ったものではなく築いたもの あなたが得たものではなく与えたもの 問題なのは、あなたの成功ではなくその存在 問題なのは、あなたが学んだものではなく教えたもの
大切なのは、他の人の手本となるような、人を豊かにし力づけと励ましになるような、誠実さと思いやりと勇気ある、すべてのあなたの行い
大切なのは、あなたの能力ではなく人柄 大切なのは、あなたが何人知っているかではなく、あなたが逝ったときに 永遠の喪失だと感じてくれる人がいるかどうか
大切なのは、あなたが記憶したことではなく、あなたを愛していた人たちの中で生き続けるあなたの記憶
大切なのは、どれほど長く記憶されるかではなく、誰によって何によって記憶されるのか
ほんとうに大事なことだけを心に留めて生きること――それは偶然の成り行きなんかじゃない。問題なのは、境遇ではなく選択なのだから
選び取りなさい、
心して生きることを
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追悼を表すこの号では関連リンクおよび読者コメントは省略します。以後の号で再開します。
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