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精心道プラクティス
「 何も‘知らない’」
Only Don't Know
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クライエントにも、そして私自身にとっても、このプラクティスは役立っている。実際にはじめる前に、一度最後まで読むこと。
これは、韓国のスンシャン(Seung Sahn)禅師の教えをもとにして、そこから私が発展させたものだ。
過去にやったことのあるエクササイズとは、いくらか、このプラクティスは正反対のものであることに気づくだろう。発見と実験のつもりでオープンな気持ちでとりくんでほしい。何か新しいものを学ぶときに必要な、可能性にむかって開かれた状態に自分がなるために、普段の常識的な‘知っている’‘わかっている’という感覚を溶解させることが、このプラクティスの主眼である。
鏡にむかって座る。立っていてもかまわない。
協力的で好奇心をもった声のトーンで、鏡を見ながら以下の言葉を述べる。
「ほんとうのあなたを私は知らない。ほんとうの自分を私は知らない」
深く呼吸する。複数のレベルで、この言葉が確実に真実であるという感覚に慣れよう。自分にむかってさらに続ける。
「自分が見ているもので、知らないものがたくさんある」
深く呼吸する。
「自分が聞いているもので、知らないものがたくさんある」
深く呼吸する。
「自分が感じることで、知らないことがたくさんある」
深く呼吸する。
鏡の前にいる現在の自分に意識を戻す。姿勢と身体の動き、すべての感覚に注意関心をはらう。自分の第一の気づきを、自分の呼気と吸気の経験に与える。1、2分続ける。
言葉を続ける。何であろうと即興的に自分が感じるままに、まかせよう。
「成功するかどうか、私は知らない」
深く呼吸する。
「格好よく見えるかどうか、私は知らない」
深く呼吸する。
「この人生がほんとうに行きつく場所はどこなのか、私は知らない」
深く呼吸する。
「ほんとうに自分は誰で何者なのか、私は知らない」
深く呼吸する。
「自分が知りたいと思っているたくさんのことが何なのか、私は知らない」
深く呼吸する。
「自分は何を知らないのか、私は知らない」
深く呼吸する。
「何を自分は知っているのか、私は知らない」
呼吸を続けている自分自身を感じながら、‘知らない’自分でいることや、‘何もかも理解できているわけではない’という状態にいることが、とても自然な人間本来の姿のひとつなのだと知ろう。1、2回呼吸する。1、2分間ゆったり座り、ほんとうの人間存在としての自分を深く感じとろう。ここでの大切な点は、自分が‘知らない’という状態にいることに慣れ、なおかつ快適でいられるようになることだ。そんなにもたくさん知らないことがあるということを、見つめ、受け入れ、自分ぜんたいの価値を充分に認めよう。
こうして‘知らない’という状態にいる自分を経験する中で、何か新しく気づいたことがあればそれを書きとめる。
それから2週間ほど、このプラクティスを何度かくり返す。とくに自分が何かに圧倒されているように感じていたり、混乱していたり、落ち込んでいるときに、やってみよう。このエクササイズが、自由な開放感をもたらすということを実感するだろう。
どうしていいか分からない迷路のような人生の中にいて、現在進行形で起こっている変化のさなかに、性急な行動や手軽な答えに飛びつくのではなく、自分がどのように落ち着いた感覚を保てるかをかえりみる時間をとろう。ふと立ち止まり、自分の呼吸にもどり、自分が完全にいまこの瞬間にいる感覚に気づけるように。
もし予想していたものより、このプラクティスが難しいと思うなら、ずっと後で試そう。何か新しいものを学ぶ過程にいるとき、いったん過去に学んで身につけたものを手放すのは難しいこともある。
(日本語訳:下尾崎 勉)
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