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「2つの知恵の源泉を共に活かす」
自己間関係理論をめぐって
"Tapping Into Dual Sources of Intelligence" by Charlie Badenhop

<第2部>
第1部 第3部



「精心道」の基本概念

 私が発足させた活動「精心道」の基本概念を以下に示そう。この説明は自己間関係理論のさらなる理解を助け、そしておそらくは、自分の周囲の世界に対する考えと対応のしかたに関していくらかの洞察を提供できるだろう。


肉体 ― 身体で経験される自己
  The Body-The Somatic Self

 トレーニング中の怪我からくるストレスで苦しんでいるアスリートとのセッションで、私は次のように話した。「自分の傷が感じられるように少し身体が動くのにまかせてください。動きながら、過去に数々の傷を負ったときの身体の感覚を、まったくそのとおりに呼び戻します。ある時点で身体の動きをぴたっと停止します。停止したまま静かに座り、これまでに受けた傷について身体が何と言いたがっているか教えてください」1、2分、意識的な呼吸をして身体を動かしてから、彼女は自分の身体の視点から話し始めた。「私にどんな能力があるのか、私らしくないことが何なのか、あなたは分かっていないのよ。あなたに虐げられている感じがする」クライエントの言葉が途切れたとき、再び身体が動くのにまかせ、動きながら身体が何と言いたがっているか話すように私はうながした。ここから私たちは、クライエントの自尊心の感覚について有益な会話を進めることができた。他のアスリートのような才能が自分にはなく、そのために誰よりも厳しい訓練をしなければならないと感じていたことを彼女は語ってくれた。競技能力を高めようと努力してきたのと同等の熱心さをもって自分自身を愛さなければならない、と彼女は次第にはっきりと理解しはじめた。彼女は言った。「勝利した人を愛し感謝できなければ、あなたは勝利を喜ぶことはできない」

 このような治療面接法は円をえがいて循環する。探ろうとする状況(場面)に戻るために身体を動かし、そして傷を負ったときの感覚で身体を停止させ、当初のダメージを受けた状況を身体の感覚として蘇らせる。怪我などの問題の状況でよく経験される身体が覚えている「スナップ・ショット」を再現しながら、そこで何を感じるかをクライエントに言葉にしてもらう。そこから再び動き出すことで凍りついたように静止したスナップ・ショットを溶かす。そこで自由な動きと表現ができると感じられたなら、身体に備わった知恵を活用する。クライエントの身体はそれ自体の欲求と必要なものを知っており、理性的精神に向けて表明されるメッセージには重要な情動的価値がある。
 身体は進行中のコミュニケーションをかたち作るのだと考えてよい。化学的、電子的、栄養学的、言語的、筋力的などあらゆるレベルで、私たちが生涯を通じて受け取り伝えあうメッセージの外形、容器、内容物を身体は決定づける。この理解に立てば、自分の身体の使い方が心理状態に効力を及ぼすことが分かるだろう。また過去の経験や信じていることがらによっても影響される。私たちがもつ最も深いレベルの信念は、自分がそれを持っていることを意識的には気づいていないものである。


「身体で感じられる自己」が語る言葉
  The language of the somatic self

 マーケティング・マネージャーとして新しく働き始めたクライエントが、自分の‘とんでもない失敗’と取り組むためにセッションにやって来た。話している間、彼の背中は曲がり、肩は前方に下がり、全体はぐらぐら左右にゆらいでいた。首は左にかしぎ、浅い呼吸のまま相当な早口で話した。彼が話し終えるのを待って、私はおだやかに訊いた。「そのビジネスを大きく成功させるために自分の‘身体の言葉’を変えてみてはどうだろうか?」彼は乗り気だった。

 まず私は、胸をはり両肩を軽く後ろへそらすよう彼に勧めた。胴体をぐっと前に突き出し、上半身をやさしく前後に揺らせ、首を右に傾けた。いったん姿勢の変更ができたところで私は訊いた。「前とは違った‘身体の言葉による表現’を体現しています。この姿勢で自分の仕事のことをどんなふうに感じますか?」基本的にここで試みているのは、行き詰まった状況にいるときの身体の言葉の構成をシフトさせることによって、話し言葉による新しい表現と、前とは違った信念が生まれるように身体の状態を変えることである。

 彼が話し出したとき、指示した姿勢を崩さないで続けるように彼を注意する必要があった。当初、彼は「こんな姿勢で動きながらじゃ喋れないよ」と訴えた。彼の返事は予想どおりのものだった。というのも私が指示した身体の言葉による表現は、もはや彼の話し言葉による会話にはマッチしなくなっているからだ。それでも私はこの経験から学べるものがあるはずだからと、続行するように励ました。彼は異なったフィジオロジ(生理的変化)を維持したまま、再び話し始めた。彼が自分の過去の‘失敗’の感覚を呼び戻すにつれ、姿勢の変化は、彼が仕事で経験したことに対する解釈を自発的に自然にシフトさせるように導いた。楽しいものではないが、自分の新しい仕事はマーケティングに関するパワフルで重要なレッスンを学ぶ機会を与えてくれており、いったいどれほどに自分の過去のマーケティングに対する見方が、市場のコンディションに合わせて変わることを必要としていたかということに彼は気づきはじめた。彼は自発的に仕事で経験したことの意味をリフレームして変化させたのである。
 少し間を置いてから彼は語った。「間違っている自分」でいることは耐えがたかった。でも実際には自分が以前よりもいい市場売買人になりつつあることに気づいた、と。深い経験のレベルで彼が理解しはじめたことは、自分が起こす生理的変化は、身体の言葉による表現を変化させるということであり、それは自分の身に起こった出来事と私たち自身との‘つながり方’とその意味づけを変えるように私たちを導く。こうしたやり方で経験したことの意味をリフレームすることは、たいてい意識的な認識の外側ではじまる。これは私たちの生理的状態と身体の言葉を変えることによって起こる自然発生的な反応である。

 身体で感じられる自己が用いる言語は、生命の始まりと同時に生体システムと接続され、そして記憶や、話し言葉による意思疎通、経験によって身につけた反応、生存能力、生命維持力、の基盤となり最終的には自分の母語となる。
 母胎の中にいるときから理解されはじめるこの身体的自己の言語は、母語の学習よりも先だって経験を意味づけることを私たちに与えるものである。それは、私たちが生涯にわたって言葉を作るうえで本質的な意味をもち続ける。歌い手に合わせて即興演奏するグループや、馬に乗って森の中を旅する人と馬との関係のように、両者間に絶えず相互的なやりとりがあるとしても、身体的自己の言語は、話し言葉を用いないばかりか必要ともしない。
 
 身体で感じられる自己が用いる言語は、話し言葉よりも先に外の世界とつながるように私たちを援助する。母語を学習するよりも前に経験を意味づけることを可能にするのだ。これは哺乳類共通の意識の一部であり、それは私たちと他の生命との交流を進める。実際のところ、人間を含む哺乳類どうしは直感的に互いにつながり合っているように見える。それは私たちが生涯にわたって言語を作るうえで根源的な重要性をもちつづける。この言語形式は、私たちの記憶、話し言葉による意思疎通、経験によって身につけた反応、生存能力、生命維持力、他者とのつながり、の基盤となる。
 認知的に思考する自己が用いる話し言葉を形成するために、語句は直感的に組織的にいかようにも組み合わされる。これと全く同様に、身体で感じられる自己が用いる言葉を形成するために、身体感覚は直感的に組織的にいかようにも組み合わされるのである。
 この身体によって‘語られる’言葉は、私たちの頭部の脳と連係しあって、周囲から得られる大量の情報交換のすべてを理解し、管理することを可能にする。この即時的な経験の言葉は、抽象概念のコミュニケーションである口頭言語と同等の価値をもつ。


翻訳と変換作業
  Translation and Transformation

 別な例を示そう。強迫性過食症でピザを食べ続けている10代の少年とセッションを行ったときのこと。「目の前にある8ピースのピザをあたかも実際に食べているときのように、自分の右手をテーブルと口の間で往復させてみてください。噛んでいるように顎を動かします。そして実際よりもずっと素早く動かしてください。そうやって右手と口を動かしながら、もし話し言葉に訳せるなら、自分の身体が何と言いたがっているか教えてください」と私は訊いた。数分ほど経って彼は身体の感覚を言葉にしはじめた。「こんなことしていてもうくたびれ切ったよ。休ませてくれ」私は言った。「もうしばらく続けてください。そしてどこかで右手の動きを急にぴたっと停止しておいて、身体の感覚を話し言葉に訳してください」 動きを止めて彼の身体は‘語り’はじめた。「もうたくさんだ。いいかげんに食べるのをやめろ! その食べ物でお前から攻撃されているように感じるんだ」 言葉が途切れるやいなや、私は再び動きを開始させた。前と違って今度は、ただ彼の身体が自然に動くままにまかせた。1分ほどそうしてから、今のこの新しい動きから感じることを言葉に訳すように求めた。この会話はとても有益なものとなった。自分が何をしても両親が目を光らせていて「まだまだ足りない。もっとうまくやれるはずだ!」と言われているように感じ続けていたことをクライエントは語ってくれた。深い呼吸をして身体を動かしながら彼は次のように語った。今、理解できることは両親の期待どおりでなくとも、自分の身体と情動が求めているものに応えることのほうが重要なのだ、と。

 身体に備わる言葉の基盤を形成する要素には、姿勢、動き、呼吸法、頭と首の傾き、柔軟性の有無などがある。身体はこの言語の意味を知っており、それを母語に‘翻訳’するように求められると通常多くの場合、それは認知的精神には思いもよならいような、詩的または暗喩的表現で叙述される。

 突然大きな物音がすると、人や動物は即座に動きを停止し、末端の血流が減り、生命維持に重要な器官に血液が集まる傾向がある。生きているどんな哺乳動物も皆基本的に同じ反応を示す。おむつを交換してほしいときの赤ん坊の足が示すメッセージ。お腹が減っていなければ、赤ん坊は泣かずにのどを鳴らして満足を示す。寒い場所に行けば、体温保持のために私たちの皮膚の気孔は閉じられる。南国に行けば、効率よく代謝を促進するために皮膚の気孔は開く。毒素を飲み込んだなら、身体に備わった知性が吐き出すように教えてくれる。強壮剤を飲めば、身体はすばやく吸収をはじめる。胃を緊張させ、肩を落とし背中を丸め、短く浅い呼吸をすれば、生体システムは打のめされたような恐怖感を経験する。

 内的世界と外的世界の両方において、生涯にわたって受け続ける情報とコミュニケーションの全てを、私たちの身体は (身体で経験される言語へと) 翻訳し変換する。複合的な翻訳と変換作業のプロセスを継続的に実行するこの身体の能力は、高度に洗練された「身体に備わる知性」を必要とする。この身体の知恵は私たちがもつ「哺乳類の意識」と言い換えることもできる。この意識に自分の波長を合わせることは、よりいっそうの他者とのつながり合いや、直感的で詩的な感覚を伸ばすことを私たちにもたらすのである。<つづく> 次のページ


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