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「2つの知恵の源泉を共に活かす」
自己間関係理論をめぐって
"Tapping Into Dual Sources of Intelligence" by Charlie Badenhop

<第3部>
第1部 第2部



「精心道」の基本概念(つづき)

認知機能、肉体、精神、情動
 ――それらは1つの完結した不可分のユニットである

 Cognition, Soma, Mind, and Emotions, are One Complete and Indivisible Unit

 私とのセラピーセッションを受けに来たビルは夫婦間の問題をかかえていた。危険な高血圧という問題が彼の2つ目の心配だった。向かい合って座り仕事関係の話を始めたとき、彼の身体は前かがみ気味で、わずかに前後にゆらぎ、頭は右側に傾いていた。話をいったん区切るとき彼は呼吸を止めることに私は気づいた。そんなとき彼の顔はとくに赤みを増した。
 私は話題を変えて、彼が最近行って来たというロシアへの釣り旅行について訊ねた。数分後、いくつかの釣りの話を彼はほんとうに楽しげに話していた。明らかに彼の姿勢はまっすぐになり、あからさまにそれと分かるほど、胴体をゆっくり左右に揺らせ、頭はやや左側に傾いていた。私を楽しませる次のエピソードへ移る際に話をいったん区切るたび、彼は深く呼吸した。
 そこで私はビルに提案した。私が後ろに立って首と頭にやさしく手を置いた状態で、最初の問題にもどってみないか、と。ビルは私のやり方に慣れていたのでこのときも快諾してくれた(別の状況では、こうした身体に触れる技法を用いる際には、さらなる説明とラポールを築くことが不可欠なのは言うまでもない)。

 この例で私は、彼が自分でやっていることを意識的に変化させることは避けたかったので、身体の揺れ方や姿勢の変化について彼自身は気づいていないままにしておいた。彼は完璧主義者であったので、その完璧ぶりを身体に備わった知性にまで持ち込んでもらうわけにはいかない。いま何か新しいことを学ぶために、普段の習慣からくるパターンをバイパスできるように彼を援助する必要があった。

 仕事上の問題を話し始めるにつれ、彼は無意識のうちに再び前かがみになり、上半身を前後に動かしていた。私は自分がしようとしていることや彼にしてもらいたいことについて、何の言葉も論理的な説明もなく、ただ手で彼をやさしくガイドした。話し言葉で指示することなく、ゆっくりと彼の姿勢を変えるように、私は注意深く手だけで彼に示唆した。いったんぐらつかないように固定してから、上半身をはっきりと前後(困難さを感じているときに見られる動き)ではなく、左右(楽しんでいるときに見られる動き)に揺らすように私は手で彼をガイドした。
 私にガイドされながら彼はほとんど常に話し続けていた。次に私は、彼が釣りの話をしていたときのように彼の頭を右側に傾けてもらった。いま彼は、普段自分が問題を考えるときにとっている姿勢とは、まったく異なったやり方で座って動きながら、自分の問題について話し合っている。セッションを続けるうち、私が彼の身体的自己に働きかけて健康的な状態を引き出すのを援助したように、彼の認知的に思考する自己は問題をかかえたときの意識状態に焦点をあてはじめた。
 このような方法で彼の身体に備わった知性は、固定した問題を溶かして新しい解決が生起するための背景もしくは土壌 [=context(脈絡)] を作るのだ。そうやって彼の身体は頭の思考を導き、考え方と感情反応に変化をもたらすのである。実際、しばらくすると彼は語った。「‘われわれ’夫婦の問題はどういうわけだか以前感じていたような解決不可能なものじゃないように思う。(ここでは‘僕の’問題から‘われわれ’夫婦の問題へと語句が無意識的に替わっている)おかしく聞こえるだろうけれど、僕にはすでにいくつかの解決がイメージできているんだ」彼が手始めにいくつかの解決策を示しはじめるにつれ、彼の頭と胴体とはうまく均衡がとれ、確実に以前よりもたっぷりと呼吸していた。
 彼が解決にむけた話をつづけている間に、私は手を離して彼の正面の席に戻った。そして、彼が自分が学んだことを実際の日常生活に戻ってからもうまく活かせるよう、新しく身体が経験したことを認知的な理解で補強するために、私はいくつかの自己間関係理論にのっとった方法で彼を援助した。
 1週間後、彼はフォローアップのセッションに現れ、妻との関係はどうにか良くなり確実に明るい未来を感じている、と語った。前回と同様のやり方で(ただし今回は何が起こっているのかは彼にも知ってもらった上で)何度かセッションを重ねた。セッションの終わり近くになって、自宅でできる2つのリラクゼーション・エクササイズを彼に教えた。そして10日後、彼からのEメールを受け取った。「病院に行ったところ、6カ月前よりも血圧が下がっていました。意識してなかったでしょうが、妻との関係が良くなることと血圧の低下とはしっかり結びついていたんです」

「精心道」において私たちは、身体のコンディション、扱い方、自覚のしかたを変化させることは、感情、認知的理解、習慣のシフトを導き、素晴らしくバランスのとれた健康状態を具現すると確信している。身体的感情的にバランスがとれた状態を常に維持するようにクライエントに教えるのではなく、ただ、横道にそれて調子を崩したり疾病に悩んだりしたときに、どのようにこのバランスがとれた状態へ戻るかを学んでもらうのだ。

「精心道」において私たちは、身体的健康の問題と心理的健康の問題とをはっきりとは区別しない。心理的な問題でやって来たクライエントが最初に気づく肯定的な変化は、身体的習慣と全身の健康状態の中に見い出されるからだ。この逆もまた真実である。自動車事故による痛みやスポーツで負った傷が長引いて苦しんでいるクライエントの場合、身体上の回復が見られるよりも1、2週間先だって、全般的に自分の人生はそう悪いわけでもなくなかなか幸せだ、と気持ちの変化を話すことはよく経験される。
 認知的思考の知性、身体に備わった知性、精神、そして情動は、不可分に織り合わされた1つの集合体、高い創造性をもった1つの集合体である。教育的理解を得る目的で私たちは、身体と頭脳とを、知性と感情とを、意識と無意識とを、別個のものとして話すことがある。しかしながら、生きてゆく上でのこうした分離の感覚の存在は、その生きたシステムがバランスの崩れた状態にあることを明らかに示すものである。


2つの見方を学び適応する
  Learning and adapting with a dual perspective

 自らの生命について理解し認識する際、人々は2つの基本的な見方のうちのいずれか一方で判断する傾向があることを、自己間関係理論は示している。1つが身体で感じられる私、もう1つが認知で動く私である。

 認知で動く自己は、頭部の脳、思考、戦略、抽象的概念と結びついて生命を描写する。認知的自己は、記述できる言葉と社会的制約を受けた思考のフィルターを通して生命を理解する。個人内部(内的会話)と他者との会話の両方で、認知的自己が使うコミュニケーションの主な通路は母語である。

 一方の身体で感じられる自己は、経験則、詩、感情、直感、動作、本能的非言語的なフェルト・センス[felt sense=実感される感覚]、全ての人間存在の総体的な経験にもとづくアーキタイプ[archetype=元型]、と結びついている。
 身体で感じられる自己が語る言葉は、いまこの瞬間の、感情状態、身体上の反応、接触しうる全てのものと関係する場、に対するフェルト・センスにその基盤を置いている。身体的自己は非言語的かつ組織的にその体験を表現する。

 自己間関係理論では、身体的自己と認知的自己とが統合されるために自分の下腹にある「しなやかで柔軟な部位」に心を置く(=波長を合わせる)ことが求められる。さまざまな差異、言語、戦略、抽象思考をめぐって発揮される認知的自己のはたらきを伴いつつ、何が起こっているのかを感じ取る身体的自己の能力が、確かな「関係を支える自己」の発展を促す。
 身体的自己と認知的自己の理想的な一体化は、相互扶助の形をとり、以前とは異なった新しい経験を創出するプロセスにおいて両者を含みさらに両者を超越したものとなる。
 

「精心道」の基本前提
  Some premises of Seishindo

「関係を支える自己」の重要性を認識した上で、精心道の活動は、以下の基本前提にその基礎を置いている。

1) 受け入れられ、安全で、尊重されていると感じられるようなサポート感に満ちた環境こそが、学習し、適応し、変化を遂げようとする人間の能力を確実に伸ばす。

2) どの個人にも、みずから健全な心と身体を創ることができ、内なる自分の状態を感じとる能力が、生まれながらに備わっている。

3) 心と身体で実感される幸福感が、私たちが接触しうるすべてのものを含みながら広がってゆくためには、「私」と私以外の人を含む有機的に絡み合った「全体」を捉えるバランス感覚が求められる。

4) 身体の動きといきいきした気づきの感覚に満ちた動的なリラクゼーション状態は、学習を支援するために不可欠な要素である。
 動的なリラクゼーション状態にあるとき、私たちは鋭敏性がありフルに活動的に動ける感覚をもつ。これは何か「善きこと」が起こる準備ができていることを示している。何も多すぎず少なすぎず、余計な努力や緊張もなく、効率よく優雅さをもってふるまうことが可能になる。

5) あらゆる生きたシステムはネットワークでつながっている。それは生存し成長するために、個人としての自分を編成すると同時に自分が属する環境をも編成するように、本能的にうまく自己組織化したネットワークである。効果的な自己組織化 [self-organization] は心身の健康的な状態を促進し、素晴らしい人と人との結びつきを作り出す。
 生体システムのバランスがとれリラックスしているとき、私たちは心理的感情的に健康である。自分の自己組織化機能を刺激し目覚めさせる最も簡単な方法は、一時的にバランスが崩れた状態になってみることである。そしてシステム自体が本能的にバランスを取り戻そうするのにまかせそれを援助すればよい。「バランスを崩し、支援を受けてバランスを取り戻す」このメソッドの例は、1週間で禁煙をめざす専門治療施設の中に見ることができる。初めに喫煙を停止することは(喫煙者当人を)アンバランスな感覚に陥らせる。専門施設で受けることのできるカウンセリングと支えあう雰囲気とによって、習慣と感情の健全なバランスの回復にむけて進むことが可能となる。

6) 適応し変化する能力は、自己組織化機能の一部である。動的にリラックスしながら継続的に再編成(再組織化)ができる者は、もっとも適応力と変化力に長けた個人といえる。適応する能力は学習によって獲得される。

7) 多様なシステムにはいろんな要素が含まれている。私たちが生きる不均衡な生物圏ではあらゆる存在が多様性に富んでいる。多様性なくしてはシステムはそれ自体を維持することができない。多様性がなければ情報不足に陥り、代替案や解決を見つけることができない。多くの場合、解決は不完全で、間違っていて、反復されるものの中に見い出されるのである。多様性の扱いに長けたシステムは複合的なリアリティから解決を引き出し、学びとれる可能性を含んだ新しい情報に対してオープンである。

8) 人間はいまなお相互連係的、相互依存的な部分が集まって成り立つ存在である。状況から得られる互いに異なった要素を受け入れ、吟味し、利用する私たちの能力は、質の高い解決と適応を導く。
 まとまりをもたない豊かな情報源に含まれる相関作用や相補性に比べれば、‘良い’‘悪い’という二者択一的思考にもとづく概念は重要ではない。例えば、国際結婚などで異文化が併存する家庭では、宗教、倫理的行動、文化的規範に関するさまざまな信念を統合し、受け入れ、意味を把握し、使いこなすことが余儀なくされる。サポート力と愛情に満ちた家族体を築くプロセスは、両方の親の文化をたっぷり含んで統合させた‘新規の’文化を発展させることに行きつく。活気のあるシステムは複雑さを糧にして成長する。複雑さを、システムの総体的な統合力をいっそう強める生産的な歩み寄りを促進するための原動力として利用する。バランスがとれていないシステムであったなら、複雑さは混乱とカオスを意味するのみである。

9) 生きてゆく上で確かな意志をもって変化を作り出そうとすることは、しばしば却って問題を長引かせる傾向がある。質の高い学習と適応には通常、周囲の世界に対する考え方と反応の仕方のパラダイム・シフトが必要とされる。例えば、無責任に見える青少年の行動は、両親から絶えず厳しく叱責されることにより、しばしばさらに悪化する。子どもを責任ある社会人として育てるために、親としてどのように子どもをサポートできるかをシステム論の見地から理解することによって、権威主義的なかかわり方では不可能な多くの行動変化への扉を開くことができる。

10) 私たちのほとんどの行動や思考のプロセスは通常、習慣性をもつ。いったん習慣になったものはそれが何であれ自然なものだと感じる傾向があるが、しばしばこの手の自然さは不自然なものである。長続きする変化と学習は、しばしば私たちに深く根付いた習慣の転換を必要とする。


精神治療のオルタナティブ・モデル
  An alternative model of psychotherapy

 ソマティック・サイコセラピーは身体で体験するレベルでクライエントにはからきかける。まず身体が先行しそれに理性的精神が続く。

 ソマティック・セラピーが、身体に備わった言語を口頭言語に翻訳することから認知的理解が引き出されることに価値を置いていることから、精神状態を把握するためにまず初めに私たちは身体に目を向けようとする。クライエントやプラクティショナーといっしょに、私たちは身体とコミュニケートするためのフェルト・センスを感じ取る。そうして、意味ある変化を遂げるために、無意識的に生じたクライエントの身体に備わった知性の助けを得る。この変化は、心的な健康状態を得るために身体はどんな変化が必要なのかというクライエントの感覚によって作られる。この感覚は、言葉の習得以前の生来のものとして備わった感覚である。いったん身体の変化がはじまったなら、私は2つの知恵を合理的な理解へと統合するために、自己間関係理論に基づいたさまざまなプロセスを用いてより深い会話をクライエントとの間に築く。

 この章の私の解説が、身体で経験されることに重点を置いたセラピーの実践へ近づく道となり、あなた自身の身体に備わった知性を見直す契機になれば幸いである。そして、次のことを心に留めておいてほしい。まず第一に、この文章は私自身、理解するのに何年もかかった、実際非常にとらえがたい領域の話をきわめて簡単に述べたにすぎない。無意識的に生じる動きや姿勢を変化させる方法で人々を援助する技量を身につけるには充分なトレーニングが不可欠である。適切な方法をとらなければ、人々はただ単に身体を押されているようにしか感じないだろう。第二に、それぞれの個人が示す動きはその人固有のものである。人によっては楕円を描いたり8の字に動く人もいる。人によっては首は硬直しているのに胴体はよく動く人もいる。逆に胴体はかなり堅いのに首と頭は自由に動かせる人もいる。まだまだ他にも言い尽くせない組み合わせがいくらでも存在する。第三に、自分の姿勢と動き方と呼吸法を変えることは自分の感情と精神の状態に効果を及ぼすが、さらに重要なことは、それらすべての変化が、他者との関係を容易にし、自分が周囲の世界に所属しているのだという総合的な感覚を伸ばす助けになるということである。この「2つの知恵の源泉」に同時に触れそれを活用する原則を人に語り教えることは、素晴らしく心のこもった温かみのある人生を生きるために必要なすべてのものを、私たちは既に所有しているか、あるいはそれに触れていることを意味する。クライエントに対して敬意をもって接し、彼らの存在のほんとうの壮大さを経験するとき、私たちはつながり合う循環の中に身を置いているのだ。この循環の中にいる両者は、普段考えている以上に、与えられた生命を最大限に生きる力を自分たちがもっていることに改めて気づくだろう。<終>

日本語訳:下尾崎 勉
   協力:木谷 文代

[謝辞]
自己間関係理論に関する訳語については、『愛という勇気―自己間

係理論による精神療法の原理と実践』(スティーブン・ギリガン著;
言叢社; 1999)を参考にしました。この価値ある邦訳によって、
私たちに新しい地平を示してくださった元国立小児病院精神科医長・
崎尾英子先生に心から感謝申し上げます。



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