自分自身の価値を最大限に理解する視点がもてるようにこのプラクティスはあなたを援助する。いつの間にか自分を縛りつけていたレッテルを剥がすことで、自分らしい自分でいることに解放感が感じられることがこれまでの経験から知られている。
人生には微妙な階調のグレーが存在するにもかかわらず、私たちは頻繁に「白」でなければ「黒」というように決めつける考え方をしがちだ。白黒が決まっているように見える主張の、両方の側面を述べることは、自己の理解を深める1つの良い方法である。
いつもと同じように、実際に始めるまえに一度最後まで目を通すこと。自分の「回答」を書きとめるための紙またはパソコンを用意する。
1. 自分の性質を表す言葉で快く感じるものを、少なくとも3つ書く。
例として
「私は親しみやすい」
「私は思いやりがある」
「私は働き者だ」
2. 次にそれぞれのフレーズに、そうすることに難しさを感じる特定の場合を考慮した「もう一方の真実」を加える。換言すれば、それぞれのフレーズの正反対もまた真実であるように述べる。
例として
「私は人づきあいに関しては気さくで親しみやすい。でも時々新しい環境の中では、よそよそしくなる」
「私は思いやりがあって家族や友だちの世話をよくする。でも時々仕事面で人に冷たく不親切になる」
「私は働き者だ。でも今でも遊ぶことが好きだ」
3. 次に、それぞれの文の順序を逆にする。必要であったならその中の語句も変更する。文の順序を逆にすることで、自分自身に対する見方も変化することに気づくだろう。
例として
「私は人に対してよそよそしい。そして時にはけっこう気さくだ」
「仕事面で私は冷淡だ。そして同時に両親と友だちを愛してもいる」
「私は遊ぶのが好きだ。そして働き者でもある」
ここでのねらいは、それ以外はありえず‘一種類’の固定した性格しかないというレッテルをとり除くことにある。
いろいろな状況の変化に応じて、多くの人は多様で幅広い行動がとれる能力をもっている。固定した習慣ではなく‘時々’多様な行動をとれる自分でいることはすばらしい。ここで言う‘時々’という言葉はとても重要だ。‘いつでも常に’1つの性質でいつづけることは普通できない。いろいろ違った状況を生きる中で‘両方の’性質を示しうるのが現実なのだから、‘AタイプでなければBタイプだ’という1つのタイプだけに自分がなる必要などない。「私は親しみやすい」とか「私は思いやりがある」というとき、あたかも自分が‘いつでも常に’そうであるかのように錯覚するために、それとは異なる自分に出くわしたとき、往々にして混乱してしまう。‘二者択一’の考え方はたんにその場の状況に依存しているにすぎない。この事実に気づいていることは大切だということが次第に分かってくるだろう。
4. 自分の性質を表す言葉で快くないものを、少なくとも3つ書く。
例として、
「私はふさぎ込みがちだ」
「私は確信がもてない」
「自分の将来が不安だ」
それらのフレーズを書いたとき、その言葉はどの程度、最終決定のように感じたか?‘すべてか無か’式の言葉のように響かなかっただろうか?
5. 次にそれぞれのフレーズに「もう一方の真実」を加える。それぞれの言葉に関して異なった脈絡を含みながら、その両方ともが真実であるような文を加えよう。
例として、
「私は時としてふさぎ込むことがある。そして友だちといるときは陽気だ」
「私は私的な人付き合いには自信がもてない。そして仕事場では自信にあふれている」
「私は将来が不安だ。そしてわくわくする夢をたくさんもっている」
6. 次に、それぞれの文の順序を逆にする。必要であったならその中の語句も変更する。文の順序を逆にすることで、自分自身に対する見方も変化することに再び気づくだろう。
例として、
「私は友だちといるときは陽気だ。そして他の場面ではふさぎ込みがちだ」
「私は仕事場で自信にあふれている。そして私的な人付き合になると自信がない」
「私はわくわくする夢をたくさんもっている。と同時に将来が不安でもある」
7. 上の2、3、5、6で、4つのグループの‘対になった’文ができた。以下の方法でこれを順に読み上げる。
数回、深呼吸する。姿勢に気をつけて、起こってくる感覚に気づけるようにオープンな気持ちで続けよう。あくまで‘ゆっくりと’対になった文をひとつひとつ読み上げる。
次の文にうつる前に2回深呼吸する。全部を終えたら、数回深く呼吸し、聞こえるもの、見えるもの、身体で感じることに注意関心を向ける。
少しの間、読み上げていたときに自分が経験したことをふり返ろう。
後日、自分自身がもつ1つだけの側面に縛られているのではなく、最大限幅広い行動レパートリーをもち、多様な側面をもった自分でいられることに気づくだろう。