自分のクオリティ・オブ・ライフを改善しようとするなら、まず人生の指針としている基本的な考えに目を向けることです。そうすれば、不必要に自分を制限しているものを見つけることができるかもしれません。
これから順に、精心道の基本的な考えを書いてゆきますが、これは「完全な真実」として主張したいわけではありません。どれが正しくて、どれが間違いなのかをジャッジしようとはせず、「こんなふうに考えたなら、自分の人生や周りの人との関係はどう変わっていくだろう?」と自分に問いかけたいのです。自分以外のその人がその人であることを損なわずに、私はどんなふうに自分の一貫性を保てるかどうかに関心があります。
結局のところ、責任を負うべき人生は、自分自身の人生以外にありません。もし、自分と違った他の人次第で、私のハピネスが左右されるなら、ほぼ確実に私は失望を味わうでしょう。そして、これは現時点での私の考えです。将来、似たようなリストを作ったなら、また違ったものになると思います。
読むときに気をつけてほしいのは、まずゆっくり読むこと。それから、ひとつの項目を読んだ後は、次に移るまでに少し間をおいて深く呼吸してください。たんに頭だけで理解するのではなく、自分のハートと身体で、言葉にこめられた本来の意味を感じとってほしいからです。
何ひとつ変わって行かないものはありません。
これはとくに、どうしたって乗り越えることが出来ないように見える問題に直面したとき、思い出してほしい言葉です。
あなたはあなた自身で居てよいのです。そのままで完全です。換言すれば、私たち誰もがみな「完璧に非完璧」なのです。
どの人もみな、たんなる[固有の機能や役割をもつ]部分と部分を寄せ集めたものではなく、それ以上の価値をもっています。
あなた自身の、知性・能力・創造性そしてソウルを信頼しよう。そして、生きてゆく上で出会うすべての人の中にも、同じものを見つけよう。
私たち誰もがみな、ほんとうに多くの素晴らしいことを成すことが出来ます。自分がもつはかりしれない価値を認めて讃えよう。そして出会うすべての人のはかりしれない価値も敬おう。誰もがそれぞれに、社会の中で活かしあえるたくさんのギフト=天賦の才能をもっています。
私たちはそれぞれに、健康的で充実した人生を送るために必要となるすべてのリソースをもっています。とくに友人、家族、仕事仲間からなるネットワークや、もっと大きなコミュニティの中で互いに得られるリソースを私たちはもっています。たとえ、非常に苦しく虐げられた境遇にある人々や文化についても、私たちのこの見方は変わりません。
周囲の世界ぜんたいがあなたに語りかけ、あなたに必要なものすべてを差出してます。大切なのは、どのようにそれに耳を傾け、どのように受け取るかです。
一人ひとりの生は、[個々の知性よりも大きな]英智によって支えられています。それは、私たちが住むこの宇宙を顕在化させている生成力です。ほんとうに心から望む人生を生きるために役立つこの創造的な知性は、いつでも利用可能な状態にあります。
「私」とは、つながりあい、かかわりあう関係そのものです。あなたはひとりではありません。自分は単体では存在しえません。私たちはつねに外界または周囲の人々との関係の中、そしてスピリットとのつながりの中にいます。いくえにも織り合わされ、つながりあう関係を感じ取りその大切さを認めることは、人生を肯定し、自己と他者の両方を思いやり、社会の中での役割をはたすために欠かせません。あらゆる生を信頼すればするほど、自分自身を信頼することが出来ます。
頭の認知機能だけでは表現できない問題や、解決できない課題があっても、あなたの身体は答を知っています。
人生は、理性によっては完全に把握することのできないパラドクスです。
自分の思考、行動、情動のすべてが集まって、知性という「1つの環」を形づくっています。自己を構成している身体、感情、理性を、ばらばらに分けることはけっして出来ません。
理論 [logic] と感情 [emotion] は同じコインの表と裏です。どちらか一方だけを得ることはできません。
身体は知的で、雄弁で、表現力に富み、そしてそれ自体の賢さを備えています。そして高度に洗練された系統だったコミュニケーションが可能です。
身体の言葉は、口にする言葉が生まれるのをリードします。身体の言葉を変えれば、考え方と感じ方を変えることになります。
痛み、ストレス、疾病は、どれも身体に溜め込まれた余剰エネルギーが元にあります。自分の身体を温室のようなものだと考えてください。何か問題をかかえて苦悩しているなら、それは太陽が強く輝いているのに、温室の窓を締め切っているようなもの。空気の流れもなく室温が上昇し、植物はしおれて生き延びることができません。精心道の活動を通して学んでほしいことは、「呼吸」と身体の「動かし方」によって自分の生体システムに息を吹き込むこみ、上がりすぎた室温を適度に下げる方法だといえます。
挑戦的な課題をかかえているとき、問題の解決や克服にほんとうに役立つのは、自分がいまこの瞬間に「生命ある確かな存在感」をもってそこに「居る」ことです。
生命ある確かな存在で居るためには、自分の感情を消化吸収できる身体でいることが必要です。食事を摂るのと同じこと。急いで食べれば身体に負担をかけます。急ぐように話したり考えることも同様の結果を招く。挑戦的課題に直面したなら、スローダウンして、じゅうぶんな間をとり、そしてしっかり「呼吸」しよう。
生きることの意味や目的といったものは、私たち誰もが解き明かしたいと思っているミステリーです。
生きてゆく上で起こるすべてのことは、生を肯定する贈り物へと変換しうる可能性を含んでいます。
確実に「知っている」ことよりも、まだ「知らない」ことのほうがはるかに多いのだと、私たちは謙虚に気づくことができます。
遭遇するどの問題にも解決法が内包されています。
「問題」と「解決」は同じコインの表と裏です。問題をかかえているなら、コインを指で宙にはじくいちばんいい方法をみつけよう。
苦しみも(そしておそらく)喜びも、生きてゆく中で何度でも私たちを訪れます。
現在に生きていると信じながら、私たちの多くはたいてい過去に生きています。
自分の人生物語をハッピー・エンディングにすることは、私たち一人ひとりに与えられた課題です。
誰かの行いが、どれほど有害で間違っていても、それはぜんぜん問題ではありません。どの人もその人なりの「善き意図」にもとづいて振る舞っているのだから。それがとうてい許しようのない、やっちゃいけない行為に思えたとしても。ここで心に留めておきたい大切なことは、人からすれば弊害にしか見えない方法だとしても、自分にとって正当で、理にかなった、まっとうな要求を満たすためであれば、私たちの多くがそれをやってのける傾向をもっているということです。
「脆さ」や「失敗」といったものが、人間の条件(人が人であるが故に避けられないこと)の一部分/一側面なのだということを知っていれば、きっとあなたも安心してうまくやれるでしょう。自分が心から大切にしている考えに忠実に、人生を最後まで送れる人はごく少数です。